弥生3月が、やってきました。当社最寄の近鉄 河内小阪駅の花壇には、黄色の菜の花が咲いている。
なかなかブログ取材?に行けず、しばらく書き込みが止まりましたが、春の暖かさに土の中から、顔を出し、動きはじめた虫のように、私も、そろそろ、ゴソゴソと動き回りたい。
先日、京都の国立博物館で開催されている、「ハプスブルグ展」に行ってきました。
大学受験を世界史で受けたものにとって、このハプスブルグ家は、懐かしくもあり、悩まされた家である。
このハプスブルグ家は、1200年代半ば、今のスイスとオーストリアの間を支配していた。やがて、ドイツ王として君臨。ヨーロッパの中心地にいた、この王族は、やがて、ヨーロッパ制覇した。その手法は戦争と共に、政略結婚で、ハプスブルグ家の血をまき、スペイン、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ドイツと、国王となり、大公となり、皇帝となって、席捲したのである。現在は、その子孫が欧州議会の議員として、その往時を偲んでいる。
今回のハプスブルグ展は、絵画のみならず、宮廷の調度品や、武具などオーストリアの宮廷生活を再現していた。
この2枚の絵を見たいために、京都まで、足を運んだ。スペインの巨匠、ベラスケスの作品だ。
彼は宮廷画家から、宮中第三位の宮廷配室長の地位まで異例に大出世した画家である。
スペイン=ハプスブルグ家は、近親相姦の家系として、おじいさんのフェリペ2世とおなじく、姪を結婚相手として、世を継いだ。右の絵は、愛娘マルガリータの4歳の肖像、彼女は21歳オーストリアで没した。また、左の皇太子も翌年に没する。
右の絵は、オーストリアの女帝、マリア=テレジアの11歳の肖像。
このとき、6歳のモーツァルトが結婚してください。とプロポーズしたといわれている。左は悲劇の皇妃エリザベートである。