万葉集の約7割が、恋歌である。役務で遠方に行かなくてはいけない男が、恋人に思いを残したり、叶わぬ恋に焦がれる心境を歌ったり、毎日あなたに会えることが幸せですと、ノロケられたり、そのシチュエーションは、さまざまである。以下、私の好きな歌である。
一昨日も 昨日も今日も 見うれども 明日さえ見まく 欲しき君かも
作者は、不明。いわゆる、読み人しらずである。
作者はわからないにしても、その歌の内容はストレートである。二日前にも会い、また、昨日も今日も会ったにもかかわらず、明日も絶対に会いたい、などと。もはやストーカーと思しき内容だ。
見まくは、推量の助動詞「む」から来ていて、見るでしょう、会うでしょう、と <一昨日も昨日も今日も、君にあったが明日も会いたい>よほど、惚れていたのであろうが、今の私には、うらやましい。
夕さらば 君に逢はむと思へこそ 日の暮るらくも 嬉しくありけれ
ああ、もう日が暮れて一日が終わってまうわあ。あっという間に一日が過ぎていく。と思う人も、多いだろう。もう少し時間がほしい、できれば太陽も沈まないでいて欲しい、と。しかし、この橘文成は、その日が暮れていっても、全く惜しまない。さっさと沈めといわんばかりである。なぜか、「明日がくれば、また、あなたに会える」少しでも早く、新しい朝を迎えたい。早く会いたいと願っているからである。一日中、恋人のことから、頭が離れないのであろう。まさに恋は盲目である。
ところで、この時代の恋人たちの贈り物は、なにか、ご存知であろうか?今では、まあ、考えられないものを、贈っていた。(なかには好きな人もいるかも)それも、使いふるしたものであれば、あるほど、その愛情のボルテージが高いという、さて、その贈り物とは・・・・・