天高く、馬肥える秋となりました。この秋は少雨なので、青空が広がり、いつになく長い秋を楽しんでいますが、皆さんはどこか行かれましたか?
私も、なかなか行楽とまでは行かず、部屋の掃除や布団干しなど、日常に埋没したりしています。しかし、そろそろ、外出の虫がそわそわし始めました。
ラジオで、鎌倉時代の高僧、日蓮展が催されているとのことだったので、小雨に煙る京阪七条の京都国立博物館へ行ってきました。
この日蓮は、鎌倉時代の新興宗教の創始者の一人として、旧来の諸宗や、同時代の念仏系の宗教を、はげしく対抗し、禅宗であった執権の北条家にも、改宗を勧めるほどであった。また、仏教の本意は法華経のみとする、宗旨を立てやがて、その本意たる仏法を、曼荼羅により表現し、題目を唱えることにより、来世利益より、現世利益を強く主張した、僧侶である。
今回の展覧会では、いまから、ちょうど750年前に提出された、国宝の立正安国論が展示されている。(いつもは、千葉県の中山法華経時に展示されている。)歴史の教科書では、日蓮=立正安国論と、セットででてくるぐらい有名だったので、必見の価値がある。
原本は、院政を引いていた、北条時頼に対して提出されたので、現物はない。この安国論は、その後、日蓮自身が書写したものだが、なんと、指紋まで残っていた。内容は、正しい仏法を国家として採用しなければ、経文に照らし、様々な災害が起こると、まあ、今で言う、予言書のようにもみえるが、事実、この提出後に、外国から攻められたり(蒙古の襲来)、北条時輔の乱がおこり、符号している。
弘安5年(1282年)に没してのちは、多くの弟子たちが、その意志を継ぎ宗教の使命ともいうべき布教活動を進めた。京都では、鎌倉から室町に幕府が移動いたこともあり、この日蓮系の寺院が数多く建立され、勢力を拡大した。1536年に、自宗の衰退を危惧していた延暦寺の僧徒を中心に、天文法華の乱がおこり、一時期、京都から一掃され、その後、再建が進み、安土桃山時代では、法華宗徒である、尾形光琳、俵屋宗達、日本画の狩野一族、本阿弥光悦などの芸術が花開いた。京都の町衆文化は、その精神土壌に日蓮、法華思想が深く根ざしている。この展覧会では、そうした、屏風や絵画なども出展されている。
参加した思ったことは、信仰の対象として、日蓮自身が、魂を墨に染め流して揮毫したという曼荼羅本尊が、ガラスケースに掛けられ、信仰に関係なく、古典の文物を見るかのように閲覧されていることに、違和感を覚えた。しかし、彼の直筆の手紙や本尊を見る機会がなかったので、京都まで足を運んでよかったと思っている。
さあ、来週はいよいよ、奈良で、正倉院展が始まる。